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鹿児島地方裁判所 昭和50年(わ)239号 判決 1975年10月01日

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中四〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

押収してあるタオル一本ならびにビニール製物干しロープ一本(昭和五〇年押第八一号の1、2)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、鹿児島県曽於郡志布志町志布志二、九三〇番地の自宅において、妻美枝(五〇歳)と同居していたものであるが、長年肺結核や自律神経失調症・座骨神経痛などを患つて療養中であつた同女の看病に励むも、同女の病状が一向に快方に向かわず、不眠や全身の疼痛に苦悶する同女が自ら自殺を試みたり「苦しいから殺してくれ」などと泣いて訴えるたびに、種々同女を説得してことなきを得ていたところ、昭和五〇年七月二四日にも、午前六時頃から、前記自宅において、同女から「これ以上苦しむのは嫌だから死なせてくれ」「生き返つて苦しむことがないようにしてくれ」などと執拗に哀願され、これまでになく「南無観世音菩薩」などと唱えてしきりに死を求める同女の姿を見るにつけ、これ以上同女を苦しませるに忍びないとの気持に駆られ、自分が手を下して罪に陥るのと引かえに同女の痛みを取除いてやることこそ妻に対する最後の愛情であると考え、遂に同女の願いを客れて同女を殺害しようと決意するに至り、やがて同日午後二時頃、死を覚悟して睡眠薬をのみ「南無観世音菩薩唱合」などと唱和しながら眠りについた同女のそばに座るや、同女の枕元にあつたタオル(昭和五〇年押第八一号の1)を同女の頸部に巻いてこれを絞めつけ、さらに付近にあつたビニール製物干しロープ(同押号の2)を用いて同部位を絞圧し、よつて、その頃、同所において、同女を右絞頸により窒息死するに至らせ、もつて同女の嘱託を受けて同女を殺害したものである。

(証拠の標目)<略>

(安楽死の成否について)

被告人の本件所為がいわゆる許された安楽死として違法性を阻却されるものか否かにつき判断するに、不眠や全身の疼痛にとりつかれ自殺を試みたりしていた妻を励まし自らも献身的に看病の手を尽くしてきた被告人としては、耐え難い苦痛を訴え執拗に死を求める妻の姿を見るにつけ、これ以上妻を苦しませるに忍びないとの気持に駆られ、むしろ妻に対する愛情のゆえに、遂にその願いを容れて判示のように妻を殺害したものであつて、その心情は十分に察しうるところではあるが、妻の病(肺結核・自律神経失調症・座骨神経痛など)は現代の医学上必ずしも不治の病というわけのものではなく、その程度も(左右両肺に著しい癒着が認められるなど、肉体的にも相当な苦痛を伴なう状況にあつたことがうかがえるものの)死期が目前に迫つているというような状況にあつたわけではなく、また殺害の方法としても、医学的処置によることなく、判示のような絞頸の方法によつたというのであるから、このような被告人の所為は、社会的相当性を欠く行為として、実質的な全体の法秩序に照らしてみても、違法性を阻却されるものではないといわなければならない。

(法令の適用)<略>

よつて主文のとおり判決する。

(栗原宏武)

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